Research

 
school 脳の情報処理機構に学ぶネットワーク
 

今や私たちの生活に欠かせないインターネットは,その誕生以来,情報源で生成されたビット列を誤りなく迅速に指定された宛先に届けること,すなわち高信頼で低遅延な通信の実現を最大の目的とし,研究,開発され,発展を続けてきました.しかしながら,急速な規模の拡大,利用の目的や環境の多様化にともない,想定外の事象によるシステム停止や性能低下,また,電力消費量の増大などさまざまな問題に直面しており,正確なビット列の伝達を基本とした通信パラダイムは限界を迎えつつあります.

一方で,脳のネットワークは,シンプルな非線形素子=ニューロンが大量かつ複雑に繋がり合い電気信号を授受することによって,極めて高度な情報処理を実現しています.しかも,入力される情報やニューロン間で授受される信号,また,ニューロンの挙動そのものも含め,様々な誤差や雑音が入り込んだとしても,適切なニューロン群・ニューロン間で情報交換が行われ,高い確率で適切な答え(出力)を導き出すことができます.このような脳のロバストで低消費電力な情報処理機構にはまだまだ未解明なところがたくさんありますが,計測技術の急速な発展を背景に,その物理的あるいは機能的な構造が明らかになりつつあり,また,その仕組みを応用した人工知能技術が広く活用されるようになっています.

情報ネットワーク分野においても,脳の情報伝達・処理の仕組みに学ぶことで,ロバストで低消費電力,さらに持続発展可能な新たな情報通信システム・技術を確立できると考えられます.

例えば,若宮研で研究している脳型無線センサネットワークは,単純なバイナリセンサとニューロンの挙動を模したシンプルな電気回路からなるノードによって構成されており,ノード間でスパイク信号をやりとりすることでスパイキングニューラルネットワーク(Spiking Neural Network)と同様の発火ダイナミクスを生み出します.ネットワークの構造はランダムです.それぞれのノードは識別子を持たず,また,ブロードキャスト通信によりスパイク信号を発信するだけで,トポロジ制御や経路制御などは行いません.したがってネットワーク制御のためのオーバヘッドが発生しません.さらに,ノードは(仮想的な)膜電位の変化に応じてスパイク信号を生成,送出するだけで,スパイク信号そのものにはセンシング情報などは埋め込まれていません.

その結果,センサネットワークは無秩序なスパイク発信を繰り返すだけに見えますが,脳における情報処理モデルの一種であるリザバ計算(Reservoir computing)の原理を応用することにより,従来型の無線センサネットワークのような高度な情報処理,通信制御などを実施していないにも関わらず,外部から一部のノードのスパイク発信の様子を観測するだけで,いつ,どこで,なにが起こったかを的確に読み取ることができます.バイナリセンサをばらまくとニューラルネットワークが構成され脳と同様の情報処理を始める,いわばNetwork as a Brainと呼ぶことのできる新しい情報通信システムのパラダイムです.